埤雅の研究>釈草篇(4)
【蕨】
『爾雅』に曰く、「蕨は{艸+鱉}なり」(1)と。初生は葉無く食ふべし。状は大雀の拳足の如くして、又た其の足の蹷するが如き
なり。故に之を蕨と謂ふ。周秦は蕨と曰ひ、斉魯は{艸+鱉}と曰ふ。俗に云ふ、初生なる者(ⅰ)は亦た鱉脚に類すと。故に{艸+
鱉}と曰ふなり。『詩』に
曰く、「彼の南山に陟り、言に其の蕨を采る」「彼の南山に陟り、言に其の薇を采る」(2)と。蕨は祭る所以なり。蓋し大夫の妻の
祭、其の将に嫁がんとする
に於いては則ち蘋藻を以てす。其の既に嫁ぐに於いては則ち蕨薇を以てす。神は徳と信とを饗くるは、求めずして備ふ。然り而して能く采蘋の法度に循へば則ち
其れ蕨薇を用ひて以て先祖を承け祭祀に共すべし。草蟲は大夫の妻の徳なり。采蘋は大夫の妻の本なり。『草木疏』に云ふ、「漢の時、官園に薇を種ゑて以て宗
廟の祭祀に共す」(3)と。然らば則ち祭に蕨薇を用ふるは、先王の礼、旧し。一章に曰く、「憂心忡忡たり」(4)、
之を継ぐに「我が心、則ち降れり」
(4)を以てす。二章に曰く、「憂心惙惙たり」(5)、之を継ぐに「我が心、則ち説けり」(5)を
以てす。蓋し降は忡忡に反する所以、説は惙惙に反する所
以なり。忡忡は中にして下らざるを言ふ。惙惙は綴りて説けざるを言ふ。降は下なり。説は解なり。故に『説文』(6)に又た借りて車
を解くを説と曰ふの説と
為す。
[校記]
(ⅰ) 四庫全書本、者の一字を欠く。
[注釈]
(1) 『爾雅』釈草。
(2) 『詩経』国風・召南・草蟲の第二、三スタンザ。
(3) 『毛詩正義』が引く『陸璣疏』。
(4) 『詩経』国風・召南・草蟲の第一スタンザ。
(5) 『詩経』国風・召南・草蟲の第二スタンザ。
(6) 『説文解字』三篇下に「説、釈也」とあり、二篇下に「釈、解也」とある。
[考察]
「蕨」、「{艸+鱉}」等の字について、『爾雅』では「蕨」と「{艸+鱉}」を同一とみなして、「蕨は{艸+鱉}なり」という。『埤雅』は「周秦
は蕨と曰ひ、斉魯は{艸+鱉}と曰ふ」と地方により呼び方が違うとしている。『和名抄』薇蕨の項に引く『崔禹錫食経』には、「白者名曰{艸+鱉}、黒者名
曰蕨、紫者名曰藄」と色による分類が為されている。これによればワラビ類のうち白いものが「{艸+鱉}」、黒いものが「蕨」、紫色のものが「藄」というこ
とになる。「藄」とは前項のゼンマイ(紫萁 Osmunda japonica)
のことであろう。
種としてのワラビは世界に広く分布しているが、若芽を食用とするのは東アジア地域に限られる(『世界有用植物事典』)。かつてワラビの発癌性が注
目され、日本人の胃癌の発生とワラビ摂取の関連性が疑われたことがあった。しかしワラビに含まれる発癌性物質のプタキロシドは水に溶けやすく、じゅうぶん
にあく抜きをすれば問題にはならないようである。(野口)
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