埤雅の研究>釈草篇(4)
【茅】
孔子曰く、「茅の物為るや、薄くして用重んずるべきなり」(1)と。茅の体は柔にして理は直なり。又た絜白。故に先
王、之を用ひて以て藉き、亦以て酒を縮す。『易』に曰く、「藉に白茅を用ふ、咎無し。象に曰く、藉に白茅を用ふるは、柔下に在ればなり」(2)と。
蓋し巽
は柔なる者なり。その色に於けるや白と為し、又た下に在り。藉くに白茅を用ふるの象なり。『礼』に曰く、「縮酌は茅明酌を用ふるなり」(3)と。
茅は明な
り。故に縮酌は茅を用ふ。之を明酌と謂ふ。司尊彝に曰く、「鬱斉は献酌す。醴斉は縮酌す。盎斉は涗酌す」(4)と。縮酌は茅を以て
縮して後ち酌す。涗酌は
水を以て涗して後ち酌す。鬱斉は縮せざるなり。之を献ずるのみ。醴斉は涗せざるなり。之を縮するのみ。盎斉は修めざるなり。之を涗するのみ。{巾+荒}
氏、涗水を以て其の絲を漚す。『記』に曰く、「明水、涗斉は新を貴ぶなり」(5)と。則ち盎斉は水を以て涗す。又曰く、「醆酒は清
に涗し、汁献は醆酒に涗
す」(6)と。汁献は鬱斉なり。醆酒は醴斉なり。醴斉は清酒に涗す。今日の醴斉、涗せずして之を縮するのみ。明水を以て之を涗せざ
るを言ふなり。『易』に
曰く、「茅を抜きて茹たり」(7)と。茅の物為るや、其の根を抜きて茹を牽く者なり。君子以て出処に類するの象なり。管子曰く、
「農趨の時、功に就き首に
蒲茅を戴き、身に襏襫を衣る。蒲茅は簦笠なり」(8)と。蓋し尊き者は草服は台笠、而して卑しき者は蒲茅。『詩』に曰く、「昼は爾
于に茅とり、宵は爾于に
綯を索へ」(9)と。言ふこころは人を穀ひ日に力めて足らず。茅を昼に取る。而して夜以て之を継ぐ。故に以て絲事の方に息みて、麻
事の継ぎ尋いで典なるを
謂ふ。野功既に訖はりて宮功随ひ至る。蔬を其の秋に蔵し、以て不給の冬を助く。其の夜に綯を索ひて、以て不給の昼を補ふ。『列子』に曰く、「因りて以て茅
靡と為す。因りて以て波流と為す」(10)と。其の転徙、定め無きこと此の如きを言ふ。茅靡は一に弟靡に作る。弟は読んで稊の如
し。稊は茅の始めて生ずる
なり。『詩』に曰く、「手は柔荑の如し」(11)と。荑、稊は一なり。又曰く、「牧より荑を帰る。洵に美にして且つ異なり」(12)と。
荑は牧に生ず。言
ふこころは衛君は牧の道無くして、夫人は荑の徳無し。『相経』に曰く、「筋は体を束ねず、血は色を華やかにせず、手は春荑の柔無く、髪は寒蓬の悴有り。蓋
し形の下なり」(13)と。
[注釈]
(1) 『易経』繋辞上。
(2) 『易経』大過。
(3) 『礼記』郊特牲。
(4) 『周礼』春官宗伯・司尊彝。
(5) 『礼記』郊特牲。
(6) 『礼記』郊特牲。
(7) 『易経』泰または否。
(8) 今本『管子』には見えず。
(9) 『詩経』国風・豳風・七月の第七スタンザ。
(10) 『列子』黄帝篇。
(11) 『詩経』国風・衛風・碩人の第三スタンザ。
(12) 『詩経』国風・邶風・静女の第三スタンザ。
(13) 玉函山房輯佚書続編本『相経』には見えず。
[考察]
茅はチガヤ(Imperata cylindrica)に
同定される。茎は三十~七十センチメートルで頂端に円錐花序をつけるが円柱状に見える。若い花序は「つばな」といわれ甘みがあって子供のおやつになった
(『朝日百科 植物の世界』)。
『礼記』の「茅明酌」とはチガヤをしいて、酒を漉してすんだ酒にすることと解釈されている(『新釈漢文体系 礼記』)。茅は潔白で明のイメージを
もつので「茅明酌」と呼ぶのだと陸佃はいう。
「茅」の字義について、森立之『本草経攷注』には「茅蓋花名。茅之為言髦也。其毛茸不与凡花類、故名茅。所云白茅、亦謂花也」とある。「茅」は
「髦」に通じ、本来は細い毛をもつ花序に対する名であるのだという。(野口)