埤雅の研究>釈草篇(3)
【芹】
『詩』に曰く、「觱沸たる檻泉、言に其の芹を采る」(1)と。芹は水菜なり。一名、水英。『爾雅』、之を楚葵(2)と
謂ふ。泮宮
に曰く、「泮水を楽しむ、薄か其の芹を采る」(3)と。二章に曰く、「薄か其の藻を采る」(4)と。三章に
曰く、「薄か其の茆を采る」(5)と。芹は香有
るに取る。藻は文有るに取る。茆は味有るに取る。蓋し士の学に於けるや、其の芳臭を攬りて至るは、則ち芹を采るの譬へなり。既に至り、是に於いて文を学ぶ
は、則ち藻を采るの譬へなり。其の久しきに及ぶや、道の味を知り、又た嗜みて学ぶは、則ち茆を采るの譬へなり。茆は蓴なり。葉は荇菜の如くして紫、茎は大
なること箸の如し。柔滑にて羮にすべし。芹は潔白にて節有り。其の気、芬芳にして、味、蓴の美に如かず。故に『列子』以為へらく、「客に、芹を献ずる者有
り、郷豪取りて之を嘗め、口に蜇し、腹に惨なり」(6)と。『齊民要術』に云ふ、「蓴の性は生じ易し。種うるに深浅を以て候と為
す。水深ければ則ち茎肥え
葉少なし。水浅ければ則ち葉多く茎痩す。亦た水を逐って性は滑らかなり。故に之を淳菜と謂ふ」(7)と。
[注釈]
(1) 『詩経』小雅・魚藻之什・采菽の第二スタンザ。
(2) 『爾雅』釈草に「芹楚葵」とある。
(3) 『詩経』魯頌・駉之什・泮水の第一スタンザ。
(4) 『詩経』魯頌・駉之什・泮水の第二スタンザ。
(5) 『詩経』魯頌・駉之什・泮水の第三スタンザ。
(6) 『列子』楊朱第七。
(7) 『齊民要術』養魚第六十一・種蓴。
[考察]
芹はセリ(水芹 Oenanthe javanica)
である。ただしセリ属(Oenanthe)の植物は中国に十種存在し、葉の切れ込み方により種を区別するため、これら同属植物を指す可能性もある。セリ科
の植物は植物体全体に油道が発達し、芳香のある精油成分を含む。陸佃は「芹は香有るに取る」と解釈し、香りを楽しむものとし、「味、蓴の美に如かず」とい
う。
『列子』の芹中毒の事例はドクゼリ(毒芹Cicuta virosa)
によるものと考えられる。同じセリ科の植物で、沼や小川のそばにはえていることから誤食しやすい。ドクゼリはシクトキシンなどの有毒物質を含み、嘔吐、め
まい、けいれんなどを起こし、命を落とすこともある。なお「献芹の意」とはこの『列子』の寓話に基づく。(野口)