埤雅の研究>釈草篇(3)

【莪】

 
 莪は亦た{艸+廩}蒿と曰ふ。{艸+廩}の言為るは高なり。莪、沢国漸洳の地に生ず。葉、斜蒿に似て細し。科生にして食ふべし。宿根は百草に先んず。一 名、蘿蒿。一名、角蒿。『詩』に曰く、「菁菁たる者は莪、彼の中阿に在り」(1)と。阿は大陵なり。莪は微草なり。言ふこころは、 君子の人材(ⅰ)を長育するは猶ほ大陵の微草を長育するがごときなり。菁菁は盛んなる貌。蓋し草の初生、其の色は玄なり。盛んなれ ば則ち青し。霜死して 後、黄落す。故に菁の文、青に从ふ。『詩』に曰く、「何の草か玄ならざる」(2)とは以て其の生を言ふ。「何の草か黄ならざる」(2)と は以て其の死を言 ふなり。蓋し君子に三楽有り(3)。而して天下に王たるは与り存せず。世は方に太平至誠にして、楽しみ賢者と之を共にするは、一楽 なり。能く賢者を得て以 て邦家の為に太平の基を立つは、二楽なり。天下の人才を得て之を教育するは、三楽なり。故に『詩』を序する者曰く、「南有嘉魚は賢と与にするを楽しむな り」(4)「南山有臺は賢を得るを楽しむなり」(5)「菁菁者莪は材を育するを楽しむなり」(6)と。 『爾雅』釈蟲に曰く、「{虫+我}は羅なり」(7) と。釈草に又曰く、「莪は蘿なり」(8)と。蓋し蛾は蠶を生ずる所以、莪も亦た覆ひて之を出だす所以なり。此の義、亦た之を羅と言 ふか。『字説』に曰く、 「莪は以て科生して俄なり」(9)と。『詩』に曰く、「莪に匪ざれば伊れ蒿」「莪に匪ざれば伊れ蔚」(10)と。 莪は俄にして蒿は直なり。蔚は麤にして莪 は細し。育材の詩、正に莪を言ふ者は此を以てす。

[校記]

(ⅰ)五雅本、才に作る。

[注釈]

(1)    『詩経』小雅・南有嘉魚之什・菁菁者莪の第一スタンザ。
(2)    『詩経』小雅・魚藻之什・何草不黄の第二、第一スタンザ。
(3)    『孟子』盡心上。
(4)    『毛詩伝』小雅・南有嘉魚之什・南有嘉魚の毛詩序。
(5)    『毛詩伝』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の毛詩序。
(6)    『毛詩伝』小雅・南有嘉魚之什・菁菁者莪の毛詩序。
(7)    『爾雅』釈蟲。
(8)    『爾雅』釈草。
(9)    『字説』宋・王安石の著。すでに散逸して伝わらない。
(10) 『詩経』小雅・谷風之什・蓼莪の第一、二スタンザ。

[考察]

 莪について『毛詩名物図説』には「愚按本草又名抱娘蒿」とあり、李時珍は{艸+廩}蒿の釈名に莪蒿、蘿蒿、抱娘蒿を挙げている。この抱娘蒿に注目 したためか、『詩経植物図鑑』では莪をアブラナ科のクジラグサ(播娘蒿Descurainia Sophia)に同定し、播娘蒿はまた抱娘蒿と称すという。クジラグサは高さ三〇~七〇センチメートルであり、高い草を蒿と呼ぶという説 (『埤雅の研究・ 其五 釈草篇(1)』【蒿】)には当てはまる。アブラナ科であり長さ二~三センチメートルの長角果を結ぶことから、莪の別名である角蒿の名も当てはまる。 蒿と総称される植物にはキク科のヨモギ属(Artemisia)やシオン属(Aster)が多く、これらの植物は葉が羽状に深列する。クジラグサの葉も 二、三回羽状に深列するから、他の蒿の類と共通する。

 『詩経名物弁解』では李時珍が『本草綱目』の{艸+廩}蒿について「似小薊」ということから、これをキツネアザミ(泥胡菜 Hemistepta carthamoides O. Kuntze)と考えている。キツネアザミは高さ三〇~八〇センチメートルで葉は琴状に羽状分裂する。

 角蒿という別名から、角状の実を結ぶ植物とも考えられ、上記の植物はいずれもこの条件に該当する。しかし、はっきりとした同定は困難である。(野 口)


戻る 7/16 次へ