埤雅の研究>釈草篇(3)
【茹藘】
『爾雅』に曰く、「茹藘は茅蒐」(1)と。蓋し茹藘は一名茅蒐。其の葉は棘に似、以て絳を染むべし。『説文』に曰く、「人血の生
ずる所」(2)と。故に蒐、艸に从ひ鬼に从ふ。齊人、之を茜と謂ふ。陶隠居以為へらく、「東方の諸処、乃ち有りて少なし。西の多き
に如かず」(3)と。夫
れ文は西草を茜と為す。其れ或は又た此を以てせんか。『詩』に曰く、「東門の墠、茹藘、阪に在り」(4)と。言ふこころは、男女の
際、礼を以てすれば則ち
近くして易きこと、東門の墠の如し。色を以てすれば則ち遠くして険しきこと、茹藘、阪に在るが如し。又曰く、「縞衣茹藘、聊か与に娯しむべし」(5)と。
茹藘は茅蒐の女服を染むるなり。言ふこころは、国人の喪多くして室家の吉服以て相保つを得んことを思ふなり。蓋し縞衣は物にして麻に非ざるを言ふ。茹藘は
色にして素に非ざるを言ふ。吉服を明らかにす。『周官』に「庶氏、蠱毒を除くを掌る。嘉草を以て之を攻む」(6)。嘉草は茜の類の
如き是れなり。『春秋
伝』に曰く、「皿蟲を蠱と為す」(7)と。篆髄、以て皿器と為す。蟲は諸虫なり。『指事律説』に、「蠱毒を造畜するは諸虫を集合す
るを謂ふ。一器の内に置
き、久しく相食み、諸虫皆な尽く。若し独り蛇在らば、即ち蛇蠱の類と為す」(8)と。故に其の字、指事なること此の如し。『伝』に
曰く、「千畆の梔茜、千
畦の薑韮、其の人皆な千戸侯と等し」(9)と。然らば則ち梔茜の利、博しと謂ふべし。此れ小人の圃を学ぶ所以なり。
[注釈]
(1) 『爾雅』釈草。
(2) 『説文解字』一篇下・艸部。
(3) 『重修政和経史証類備用本草』草部上品之下・茜根。
(4) 『詩経』国風・鄭風・東門之墠の第一スタンザ。
(5) 『詩経』国風・鄭風・出其東門の第二スタンザ。
(6) 『周礼』庶氏。今本『周礼』では「毒蠱」に作る。
(7) 『春秋左氏伝』昭公・伝元年。
(8) 未詳。
(9) 『史記』列伝・貨殖列伝。
[考察]
茹藘はアカネ(茜草Rubia cordifolia)な
どのアカネ属(Rubia)の植物を指すと考えられる。現在、中国にはアカネ属は十一種五変種が存在する(『新編中薬志』)。これらは近縁関係にあり、非
常に似通っている。アカネは多年生のつる植物で、茎は方形で細い逆刺があり、他の植物などに寄りかかるのに適している。八月から十月に円錐状の花序に、径
三・五~四ミリメートルの淡黄色の花を咲かす。
根は太くひげ状で空気にさらすと黄赤色になる。『説文解字』の「人血の生ずる所」とはこのことを指しているのだろうか。本草書には止血作用などの
記載があるが、単にシンボリズムだけでなく、実験的にも証明されてきている。プルプリンなどを色素成分に含み、染料として用いられていたが、現在では化学
合成により製造されている。
また、セイヨウアカネ(洋茜草、新疆茜草Rubia tinctorum)
の根から「アカネ色素」を製造し食品添加物として用いられていたが、腎臓への発ガン性が疑われ、添加物名簿から削除されることとなった。(野口)