埤雅の研究>釈草篇(3)
【臺】
臺は夫湏なり。夫湏は莎草なり。以て笠と為すべし。又た以て蓑(ⅰ)と為すべし。疏にして温無し。故に莎は沙に从ふ。内司服の所
謂沙と同意。『詩』に曰く、「臺笠緇撮」(1)と。又曰く、「南山に臺有り、北山に萊有り」(2)「南山に
桑有り、北山に楊有り」(3)「南山に杞有り、
北山に李有り」(4)「南山に栲有り、北山に杻有り」(5)と。山は君の象なり。南は以て明君に象り、北は
以て暗君に象る。蓋し太平の君子は至誠なり。賢
者と之を与にするを楽しむ。是れ賢と与にするの道と為すのみ。未だ以て之を得ること有らず。未だ以て之を得ること有らざれば則ち、道合すれば則ち服従し、
合はざれば則ち去る。惟だ其の子孫、昬乱有りと雖も、而して先君の旧臣、之を去るに忍びずして、以て自ら先王に獻ずる者、此れ賢を得るの道なり。故に此に
南山を言ひ、又た北山を言ふ。萊は食ふべし。桑は衣るべし。臺は覆ふべし。楊は載すべし。賢者の類なり。臺萊は草なり。其の生ずるや物の下に在り。其の成
るや物の先に在り。基有るの象なり。故に曰く、「楽しきかな君子、邦家の基」(6)と。草を養ひ以て木を致し、小を養ひて以て大を
致す。鬱たる彼の楊、沃
若の桑、以て山に賁する有るに至れば、則ち光有るの象なり。故に曰く、「楽しきかな君子、邦家の光」(7)と。基は安ずる所以な
り。光は栄える所以なり。
孟子曰く、「堯は舜を得ざるを以て己が憂ひと為し、舜は禹・臯陶を得ざるを以て己が憂ひと為す」(8)と。此れ其の大を言ふ者な
り。小は臺萊を遺さず、大
は桑楊を棄てず。杞李の若きは猶ほ収むる所に在り。此れ其の悉すを言ふ者なり。桑楊の山に於けるは大なりと雖も高きこと能はず。堅なりと雖も久しくするこ
と能はず。賢を得るの盛は栲杻枸楰(ⅱ)の高大なるが若し。不朽を以て山と成れば則ち至れり。故に南山に於いて杞有り、栲有りと曰
ひ、北山に於いて李有
り、杻有りと曰ふなり。李は果とすべく、杞は茹とすべし。養の道有り。故に曰く、「民の父母」(9)と。杻は弓幹と為すべく、栲は
車輻と為すべし。久の道
有り。故に曰く、「遐ぞ眉寿ならざらん」(10)と。且つ臺は覆ふべく、桑は衣るべきは、以て庇下の臣に象る。杞は茹とすべきは、
以て養下の臣に象る。栲
は以て車輻と為すべきは、以て任重の臣に象る。故に之を南山に言ふ。此れ明君の頼りて以て治むる所の者なり。萊は食ふべく、楊(ⅲ)は
載すべきは、以て濟
難の臣に象る。李は果とすべきは、以て賓客を治むるの臣に象る。杻は弓幹と為すべきは、以て軍旅を治むるの臣に象る。故に之を北山に言ふ。此れ暗君の頼り
て以て存する所の者なり。孔子曰く、「衛霊公の道無き、仲叔圉、賓客を治め、祝鮀、宗廟を治め、王孫賈、軍旅を治む。奚ぞ其れ喪はんや」(11)と。
此
れ、北山に萊有り、楊有り、李有りの意なり。「徳音已まず」(12)とは、継ぐ有るを言ふなり。「徳音是れ茂し」(13)と
は、承有るを言ふなり。「爾の
後を保艾す」(14)とは又た燕、子孫に及ぶを言ふなり。其の寿を称すること其の上の如きは、猶ほ以て未だ足らずと為すなり。更に
以て其の徳を言ふ。其の
今を称すること其の上の如きは、猶ほ以て未だ足らずと為すなり。更に以て其の後を言ふ。夫れ寿考の福筭、無期に至り、境、無疆に至る者、又た特に之を頌願
するのみに非ず。蓋し古へは道有るの賢、事を省して以て君の心を清らかにし、物を備へて以て君の體に適ふ。心清ければ則ち浄を生じ、體適へば則ち楽を生
ず。此れ君の寿なる所以なり。故に初め曰く、「萬寿期無し」(15)と。次に曰く、「萬寿疆り無し」(16)と。
君、其の臣を遇するや、何ぞ独り然らざら
んや。言ふこころは諫を聴き膏澤に従ひて、民に下し、其をして優に之を為さしめ禍患に迫らざる者、此れ寿の道なり。故に始めに曰く、「遐ぞ眉寿ならざらん
や」(10)と。終わりに曰く、「遐ぞ黄ならざらんや」(17)と。
[校記]
(ⅰ) 五雅本、簑に作る。
(ⅱ) 五雅本、梗に作る。
(ⅲ) 四庫全書本、舟に作る。今、五雅本に従う。
[注釈]
(1) 『詩経』小雅・魚藻之什・都人士の第二スタンザ。
(2) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第一スタンザ。
(3) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第二スタンザ。
(4) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第三スタンザ。
(5) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第四スタンザ。
(6) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第一スタンザ。
(7) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第二スタンザ。
(8) 『孟子』滕文公章句。
(9) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第三スタンザ。
(10) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第四スタンザ。
(11) 『論語』憲問。
(12) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第三スタンザ。
(13) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第四スタンザ。
(14) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第五スタンザ。
(15) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第一スタンザ。
(16) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第二スタンザ。
(17) 『詩経』小雅・南有嘉魚之什・南山有臺の第五スタンザ。
[注釈]
『詩経植物図鑑』では臺の植物の代表例としてカヤツリグサ科のカサスゲ(薹Carex
amplifolia Boott subsp.
dispalata)を挙げている。『詩経植物図鑑』も指摘するように、スゲ属(Carex)は中国で四百種以上あり、各形質の間に一貫し
た関連性が乏し
いため分類が困難である。また、『詩経名物弁解』ではハマスゲ(香附子 Cyperus
rotundus)の可能性も指摘していて、スゲ属だけではなくカヤツリグサ科の多種の植物を指している可能性がある。
カサスゲは多年生の草本で沼沢水辺に群生し、高さは一メートル程度、地下茎は横にはう。紫褐色の鞘状葉を乾燥させて、笠や雨衣を作る。
『詩経』の中でも「南山有臺」は植物が多く登場する詩で、その数は十種に及ぶ。それぞれ植物がペアになっていて、『埤雅』ではそれぞれの意味について解
釈している。臺萊のペアでは「臺萊は草なり。其の生ずるや物の下に在り。其の成るや物の先に在り。基有るの象なり」といずれも草本であることに注目してい
る。(野口)