『詩経』大雅・蕩之什・江漢の第五スタンザに「爾に釐ふるは圭瓚、秬鬯一卣」とあり、毛伝には「鬯、香艸也」と、「鬯」を草の名と考えている。 『詩経植物図鑑』は「鬯」にCurcuma domesuticaとC. aromatica(いずれもショウガ科)を当てるが、前項で『礼記』 の「鬱」を鬱金・姜黄とするのに疑問があると述べたように、『詩経』の「鬯」も鬱金・姜黄とするには、本草書の記載年代から疑問が持たれる。また「鬯草は 庭に生ず」という記載も鬱金・姜黄と当てはまらない。
また「鬯」は草名ではなく酒の名であるという説もある。江村如圭『詩経名物弁解』には「群書ニ欝ハ鬯草ト注スルハ欝金ヲ鬯ニ用ユル草ト云フ心ナ リ。直ニ鬯ト云草アルニアラズ。蓋シ鬯ハ秬ニテ醸スル酒ノ名ナリ。此ノ酒ニ欝ヲ和シメ香色ヲ資タル故ニ欝鬯ト云フ。又黄流トモ名ク」とある。この説を整理 すると、「鬱」は「鬯草」であり鬱金のこと、「鬯」は秬(クロキビ)で醸した酒のこと、「鬱鬯」は「黄流」と同じでクロキビで醸した酒に鬱金を和して香り と色をつけたもの、ということになる。なお「黄流」については『詩経』大雅・旱麓に「瑟たる彼の玉瓚、黄流中に在り」とある。
『周礼注疏』の疏に「『礼緯』云、鬯草生庭。皆是鬱金之草。以其和鬯酒、因号為鬯草也」とある。「鬯草」は鬱金の別名で、鬯酒に香をつけるために用 いられることからこう呼ぶのだという。(野口)