埤雅の研究>釈草篇(4)

【葛】

 葛の性は柔韌(ⅰ)、蔓生す。衣とすべし。女事の煩辱なる者なり。故に葛覃引き以て賦と為す。蓋し稼穡の艱難を知らば則ち以て王 と為すべし。女功の勤労を知らば則ち以て王后と為すべし。故に序に以為へらく、「葛覃は后妃の本なり」(1)と。夫れ『礼』に「后 は玄紞を織る」(2) と。今、乃ち親葛の事此の如きは、蓋し王后親蚕して以て女功の正事に勤め、親葛して以て女功の余事を勤む。絲麻は本事なり。{艸+頃}葛は余事なり。 『詩』に曰く、「旄丘(ⅱ)の葛、何ぞ誕びたる節」(3)と。言ふこころは諸侯は国を以て相ひ連属し、憂患 相ひ及ぶこと、葛の蔓延し相ひ連及するが如きな り。今、闊節を生ずれば則ち憂患相ひ及ぶに於いて緩し。故に曰く、「何ぞ誕びたる節」(3)と。何は知らざる所を以て問と為す。兵 法に曰く、「其の節短 し。故に此れ誕節を以て衛伯を譏切す」(4)と。又曰く、「彼に葛を采らん。一日見ざれば、三月の如し」(5)と。 葛の絺綌と為す所以、事小なりと雖も、 一日君を見ざれば讒に及ぶを憂ふを言ふ。又曰く、「綿綿たる葛藟、河の滸に在り」(6)と。河滸は水の盪ふ所の危地と為すなり。然 るに葛藟を潤沢して之を 生ずれば、則ち亦た自ら固むる所以なり。今、王其の九族を棄つれば則ち曾て是れ之にも如かざるなり。瓜葛は皆延蔓して相ひ及ぶ。故に之を綿遠する者に属 し、譬へを瓜葛に取る。又曰く、「葛は生じて楚を蒙ひ、蘞は野に蔓ふ」(7)と。言ふこころは葛は高きに生じて楚を蒙ひ、蘞は卑に 生じ野に蔓ふ。各、遇ふ 所を繫(ⅲ)ぐこと、猶ほこれ婦人、外、夫を成せば、栄悴(ⅳ)の随ふがごとし。心を一にする所以か。君子 語りて曰く、嫁雞之と飛び、嫁狗之と走る、とは 此の謂ひなり。『左伝』に曰く、「葛藟猶ほ能く其の本根を庇ふ」(8)と。

[校記]

(ⅰ)五雅本、仞に作る。(ⅱ)四庫全書本、邱に作る。(ⅲ)五雅本、緊に作る。(ⅳ)五雅本、萃に作る。

[注釈]

(1)    『毛詩』国風・周南・葛覃の詩序。
(2)    『国語』魯語下に「王后親玄紞、公候之夫人加之」とある。
(3)    『詩経』国風・邶風・旄丘の第一スタンザ。
(4)    『兵法』未詳。
(5)    『詩経』国風・王風・采葛の第一スタンザ。
(6)    『詩経』国風・王風・葛藟の第一スタンザ。
(7)    『詩経』国風・唐風・葛生の第一スタンザ。
(8)    『春秋左氏伝』文公・七年。

[考察]

 葛はクズ(野葛 Pueraria lobata)に同 定されるが、外見上タイワンクズ(越南葛藤 P. montana) やシナクズ(甘葛藤 P. thomsonii)と区別がしにく い。和名は大和国吉野の国栖という地名に由来するという説がある。また、葉の裏面が白くて目立つことから「裏見草」、転じて「恨み草」とよばれたこともあ る(『朝日百科 世界の植物』)。

 クズの用途にはクズデンプンを食料として、また根を薬用として用いるほか、茎の繊維を利用して葛布を織って用いた。『埤雅』にも衣料としての用途 が述べられている。『説文解字』に「葛、絺綌艸也」とある。絺は細かい葛布、綌はあらい葛布のことで、絺綌とは葛布でできたかたびらの類である。通気性が よく涼しいもので、『漢書』にも「故服絺綌之涼者、不苦盛暑之鬱燠」とある。

 「葛」の字義は『漢和大辞典』では艸と音符曷(水分がない、かわく)の会意兼形声文字で、茎がかわいてつる状をなし、切っても汁が出ない植物とし ている。一方、森立之は「蓋葛之言為遏也。葉蔓長大、壅遏山谷、故名葛也」(『本草経考注』)といい、「葛」は「遏」に通じ、ものをさえぎりおしとどめる 植物であると解釈している。(野口)

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