【雎鳩】
雎鳩は鵰の類なり。江東は之を呼びて鶚（ⅰ）と為す(１)。鷙にして別有り(２)。『陰陽自然変化論』に曰く、「雎鳩は再び匹せず」と。蓋し是れを言ふなり。『詩』に曰く、「関関たる雎鳩、河の洲に在り」と(３)。蓋し関雎和して摯なり、別にして通じ、水に習ひて又善く魚を捕らふ。故に『詩』以て后妃の比と為す。鳲鳩は則ち宿を一にして均しく養ひ、又鵲の成巣に居る。故に婦人の徳と為すのみ。徐鉉(４)の『草木蟲魚図』に云ふ、雎鳩は常に河洲の上に在りて儔偶を為し、更に処を移さず。蓋し鶚の性は跱を好む。故に毎に立ちて更に処を移さず。所謂鶚立は、義諸を此に取る。郯子曰く、「少皞氏は鳥を以て官に名づく」「鳳鳥氏は歴正なり。玄鳥氏は司分なり。伯趙氏は司至なり。青鳥氏は司啓なり。丹鳥氏は司閉なり。祝鳩氏は司徒なり。雎鳩氏は司馬なり。鳲鳩氏は司空なり。鷞鳩氏は司寇なり。鶻鳩氏は司事なり。五鳩は民を鳩んずる者なり」と(５)。鳳は天の時を知る、故に以て歴正の官に名づく。玄鳥は燕なり。春分に来り秋分に去るを以ての故に分を司る。伯趙は鵙なり。夏至に鳴き冬至に止むを以ての故に至を司る。青鳥は鶬鷃なり。立春に鳴き立夏に止むを以ての故に啓を司る。丹鳥は鷩雉なり。立秋に来り立冬に去るを以ての故に閉を司る。雎鳩は鷙にして別有り、故に司馬と為りて法制を主る。鳲鳩は平均なり、故に司空と為りて水土を平らかにす。鵻鳩は孝なり、故に司徒と為りて民を教ふるを主る。籍（ⅱ）の虞槐賦に曰ふ、「春に農を教ふるの鳥棲む」と(６)。則ち鵻是なり。俗に云ふ、雎鳩は交はれば則ち双翔し、別るれば則ち立ちて処を異にす。鷙にして別有るを謂ふ。伝に鷙鳥は双はずと曰ふは是なり。
［校記］
(ⅰ)叢書本・五雅本、鴞に作る。(ⅱ)叢書本、藉に作る。
［注釈］
(１)『爾雅』釈鳥の注。
(２)『詩経』周南・関雎の毛伝。
(３)『詩経』周南・関雎の第一スタンザ
(４)宋・揚州の人。句中正等と説文を校定し、大徐本と称せられた。
(５)『左伝』昭公十七年。
(６)籍は阮籍か。しかし、虞槐賦は『阮籍集』に見えない。
［考察］
雎鳩の学名はPandion haliaetus haliaetus。中国での別名に鶚、魚鷹、王雎などがある。和名はミサゴ。現在中国では、国家Ⅱ級重要保護動物である。体長は約65センチ。頭頂部は白色で、黒褐色の文様が入り混じる。上体は暗褐色で、つばさや脚を覆う羽はそれぞれ黒褐色と暗褐色である。下体は白色で胸と頸に茶褐色の大きい文様が混ざっている。嘴、目、脚、爪はそれぞれ黒色、黄色、茶褐色、黒色。爪は鋭く、足の裏には細い刺をもつ。そのうえ足は前後に反転することが可能であり、魚を捕るのに最適である。雎鳩は江河・湖沼・海浜一帯に生息し、海岸や島の岩礁などに営巣する。夏期は中国西部と北部に広く分布し、冬期は華南一帯に移動する。雎鳩は主に魚類を餌とし、水中に魚をみとめると、水面まで急降下して、鋭い刺を持つ脚で魚をかすめとる。【雕】の項にみられる「今、大雕は水上を翺翔し、魚を扇り出だして波を沸かしめ、攫ひて之を食らふ。一名沸河。『淮南子』所謂鳥、波を沸かす者有りとは、即ち此れ是なり」という文章は、その鳥の習性上から考えると、雕というよりはむしろ雎鳩のことを指していると考えられる。雎鳩は主に淡水魚(鱒・鮭・鯉など)を食べるため、害鳥とされる。しかし一方でその羽毛には利用価値があり、齧歯類も食料とするため利用価値のある鳥ともされる。
雎鳩には、昔から雌雄の別を守るというイメージがあった。本文中の「鷙にして別有り」、「雎鳩は再び匹せず」、「雎鳩は交われば則ち双翔し、別るれば則ち立ちて処を異にす」という文はすべてそのことを示していると思われる。またその性質により、法制を司る官名に雎鳩の名がつけられたのではなかろうか。(青柳)