埤雅の研究>釈草篇(3)

【莧】


 莧は紅莧、白莧、紫莧の三色有り。『爾雅』に曰く、「蕢は赤莧」(1)と。即ち今の紅莧、是れなり。茎葉は皆高大にして見はる。 故に其の字は見に从(ⅰ)ふ。指事なり。『易』に曰く、「莧陸は夬夬たり」(2)と。莧は上六を謂ふ。蓋し 兌見はる。而して又た五の剛に乘ず。柔脆、除き 易きは、莧の象なり。九五の剛、尊位を得たり。大中、高大、以て平にて柔、上に生ず。莧陸の象なり。『列子』に曰く、「老韭の莧と為る、老羭の猿と為る」 (3)と。物、老を以ての故に変ずること、此の如き物有るを言ふ。故に易の九六を以て老と為す。蓋し老ゆれば則ち変ず。『伝』に曰 く、「青泥は鼈を殺す。 莧を得て復た生く」(4)と。人をして鼈を食らひ莧を忌むは、其れ此を以てするか。『字説』に曰く、「莔は眩を除き、莧は瞖を除 き、蓫は水を逐ひ、亦た蠱 を逐ふ」(5)と。

[校記]

(ⅰ) 五雅本、以に作る。

[注釈]

(1)    『爾雅』釈草。
(2)    『周易』夬。
(3)    『列子』天瑞第一。
(4)    未詳。
(5)    『字説』宋・王安石の著。すでに散逸して伝わらない。

[考察]

 現代漢語では莧は雁来紅ともいい、ハゲイトウ(Amaranthus tricolor)のことを指す。ハゲイトウは高さ〇・八~一メートルで葉は長い柄を持ち紅や黄などの斑があって美しい。ただ、ヒユ属 (Amaranthus)は世界に約五十種存在し、現在の中国では十三種あり外部形態も似ているので、厳密には莧はヒユ属植物としたほうが良いかもしれな い。

 莧は数種類の植物を指していると考えられる。『重修政和経史証類備用本草』が引く『蜀本草』によると、莧には赤莧、白莧、人莧、紫莧、五色莧、馬 莧の六種類があるという。『植物名実図考』によると、五色莧は雁来紅の属で、人莧は鐵莧、馬莧は馬歯莧であるという。

 馬歯莧とはスベリヒユ科のスベリヒユ(Portulaca oleracea)のことで、草全体が肉質で茎は分枝し地面をはって広がる。高さは一〇~三〇センチメートル程度である。肉質の部分には水 分を多く含むが、古くは水銀があると考えられていた。馬歯莧には長命草の別名があり、その由来について李時珍は乾燥に耐え、生命力が強いからと考えた (『本草綱目』馬歯莧の釈名)。神仙流の医家は馬歯莧の種子を長寿の薬として用いた。現代中医学でもこれを清熱解毒薬として用いる。

 ヒユ属植物のうちハリゲイトウや繁穂莧(A. paniculatus)、 アオゲイトウ(反枝莧A. retroflex)などが、同じヒユ 科の植物であるノゲイトウ(青葙 Celosia argentea) の代用として薬に用いられている(『新編中薬志』)。(野口)


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