茨城大学人文学部紀要『人文学科論集』43号27-46頁、2005年3月(Bulletin of the College of Humanities, Ibaraki University, Studies in Humanities, Vol.43, March 2005)

埤雅の研究>釈草篇(3)

埤雅の研究・其七 釈草篇(3)

加納喜光・野口大輔

【荷】

 荷は総名なり。華葉等の名、衆の義を具ふ。故に知らざるを以て問ひを為す、之を荷と謂ふなり。昔人の正名百物是れ有るかな。故に曰く、萬物理を成す有る も説かざるなり。郭璞以為へらく、「芙蕖(ⅰ)は一名芙蓉」(1)と。『説文』を按ずるに、「未だ発せざる を菡萏と為し、已に発す るを芙蓉と為す」(2)と。芙蓉は華の号なり。蓋し亦た通じて芙蕖と曰ふ。『毛詩伝』に云ふ、「荷は芙蕖なり」(3)と。 其の華は菡萏なり。許慎以為へら く(4)、其の華を芙蓉と曰ふ。其の秀を菡萏と曰ふ。其の実を蓮と曰ふ。蓮の茂れるを華と曰ふ。今、其の的中、青有りて薏と為す。 皆、両牙を倒生す。一は 芰荷と成り、一は{艸+氵+禺}荷と成る。又、一牙を生ずるを華と為す。{艸+氵+禺}華は水に帖して{艸+氵+禺}を生ずる者なり。芰荷は{艸+氵+ 禺}無く荷を巻くなり。華と偶生す。水上に出でて亭亭たること繖の如き者是れなり。亦た或は之を距荷と謂ふ。{艸+氵+禺}荷一本、其の支旁行するを{艸 +氵+禺}と為す。節、一華一葉を生ず。『詩』に曰く、「蒲と荷有り」(5)と。蓋し荷は善く傾(ⅱ)欹 す。蒲は骨幹なくして柔従なり。『字説』(6)に 曰く、{艸+氵+禺}は水に蔵す。其れ自ら卑に処り、加ふる所無し。其の与に汚す所、潔白自若、中に空有り。偶せずんば生ぜず。此の如きは以て物を偶すべ し。茄は枝の附する無く、泥の汚すこと能はず、水の没すること能はず。挺出して立つ。此の如きは以て物を加ふるべし。蓮は既に以て自ら日(ⅲ)有り。また 会して属す。此の如きは以て物を連ぬるべし。菡萏の実、臽の若し。昬昕に随ひて闔闢す。蕸は根を假りて以て立ちて、{艸+氵+禺}の偶する所有るが如くな らず。茎を假りて以て出でて、茄の加ふる所有るが如くならず。華を假りて以て生じて、蓮の連ぬる所有るが如くならず。菡萏の菡有るや、此の如きは遐と謂ふ べし。夫れ物を函する者は吐に終はる。物を連ぬる者は散に終はる。物を偶する者は或は之を析す。物を加ふるは亦た常と為すべからず。故に遐は此に在りて彼 に在らざるなり。蔤は無用に退蔵し、而も用ふべく見るべき者、これに本づく。此の如きは密と謂ふべし。此の衆美を合すれば、則ち以て物を何すべし、以て夫 と為すべし、以て渠と為すべし。故に曰く、荷は芙蕖なりと。荷は物を何するを以て義と為す。故に負荷の字に通ず。

[校記]

(ⅰ)四庫全書本、芙渠に作る。『説文解字』、芙蕖に作る。(ⅱ)五雅本、頃に作る。(ⅲ)五雅本、白に作る。

[注釈]

(1)    『爾雅』釈草。
(2)    『説文解字』一篇下の{艸+閻}の項。
(3)    『毛伝』國風・陳風・澤陂の毛伝。
(4)    『説文解字』一篇下。文章は完全には一致しない。
(5)    『詩経』國風・陳風・澤陂の第一スタンザ。
(6)    宋・王安石の著。すでに散逸して伝わらない。

[考察]

 荷はハス(Nelumbo nucifera)である。ハ ス属に はハスとキバナハス(N. lutea)の二種があり、園芸品種が 多い。

 この項ではハスの各部位の名前についてまとめられている。『爾雅』と『説文解字』の記述を比較してみると、荷の定義が相違していることがわかる (表)。 『爾雅』では荷をハスの総名とし、ハスの葉を蕸とする。一方『説文解字』では、ハスの葉を荷と定義している。

段玉裁『説文解字注』は『爾雅』の「其葉蕸」の句について、「玉裁按、無者是也」としている。『埤雅』は王安石『字説』の見解を採用して荷を総名と し、蕸 を会意により説明するが、記述は抽象的である。ただ荷と蕸は音通するから、ハスの葉の意味で蕸の字を当てたのかもしれない。なお現在の植物学用語では、こ こでいう茎、根はそれぞれ葉柄、地下茎となる。

 「芙蓉」というと、ハスだけではなくフヨウ(漢名、木芙蓉Hibisucus mutabilis)も指す。その由来について、李時珍は「此花豔如荷花、故有芙蓉木蓮之名」という(『本草綱目』木芙蓉・釈名)。フヨウ の花は淡紅色で単体雄蕊が多数あるのが特徴である。雄蕊が多数有るということがハスの花を連想させたのであろうか。いつ頃から「芙蓉」がフヨウを指すよう になったかは定かではないが、宋の葉夢得撰『石林燕語』には、「芙蓉有二種、出於水者、謂之草芙蓉、出於陸者、謂之木芙蓉、即木蓮也」とある。(野口)


『爾雅』
『説文解字』
総名
荷・芙蕖
芙蕖

菡萏
菡萏・芙蓉

















 1/16 次へ