埤雅の研究>釈草篇(3)

【艾】


 『爾雅』に曰く、「艾は冰(ⅰ)臺」(1)と。其の字、乂に从ふ。草の以て病を乂すべき者なり。一名、灸 草。『詩』に曰く、「彼 に蕭を采る。一日見ざれば、三秋の如し」「彼に艾を采る。一日見ざれば、三歳の如し」(2)と。蕭は祭りを共する所以、艾は疾を療 する所以、以て将むる所 ますます大なれば、其の懼讒ますます甚だしきを言ふなり。曲礼に曰く、「十年を幼と曰ひ、学ぶ」(3)と。幼なる者は十年の名、学 は其の事なり。「二十を 弱と曰ひ、冠す」(3)弱なる者は二十の名、冠は其の事なり。「三十を壮と曰ひ、室有り」(3)壮なる者は 三十の名、室有る者は其の事なり。「四十を強と 曰ひ、仕ふ」(3)強なる者は四十の名、仕は其の事なり。壮は幼に反するの詞、強は弱に反するの詞。壮は則ち能く立つ。強は則ち能 く行く。蓋し能く立つ所 有りて、然るに後に行く。能く行く所有りて、然るに後に能く歴す。能く歴する所有りて、然るに後に能く至る。故に「五十を艾と曰ひ、六十を耆と曰ふ」 (3)艾は歴なり。耆は至なり。夫れ幼を以ての故に学ぶ。弱を以て故に冠す。荘を以ての故に室有り。凡そ此れ皆な子の道なり。其の 十年に及びて、徳又た一 進するなり。則ち苟も此を知るに非ず、又た能く之を行へば、則ち是に於いて出でて仕ふ。故に曰く、「強にして仕ふ」(4)と。仕は 士なり。其の徳又た十年 にて一進すれば、則ち以て大夫と為るべし。故に「艾、官政を服す」(5)と曰ふ。内則に曰く、「五十は命じて大夫と為し、官政を服 す」(6)と。其の徳又 た十年にて一進すれば、則ち以て卿と為るべし。故に曰く、「耆にして指使す」(7)と。卿は人を指使する者なり。且つ歴して之に至 る。然る後に、以て指し て之を使ふべし。其の徳又た十年にて一進すれば、則ち以て公と為すべし。故に曰く、「七十を老と曰ひて伝ふ」(8)と。周官に、三 公、之を「卿老」(9) と謂ふ。既に老いて、則ち又た十年にして耋なり。既に耋にして、則ち又た十年にして耄なり。故に八十は耋と曰ひ、九十を耄と曰ふ。耆は艾の至り。耋は老の 至り。夫れ文、老至を耋と為すは、此の如きのみ。耄は惽忘なり。『春秋伝』に曰く、「老、将に知(ⅱ)らんとして、耄、之に及ぶ」(10)と。 百年は則ち 人の大期、是に在るなり。当に養を致すべきのみ。故に百年を期頥と曰ふ。『博物志』に曰く、「冰を削りて圓ならしめ、挙げて以て日に向け、艾を以て其の影 を承くれば則ち火を得」(11)と。艾を冰(ⅰ)臺と曰ふは其れ此を以てするか。旧説に、燕蓐は艾を悪む と。『字説』に曰く、「艾、疾を乂むべし。久しく して彌よ善し」(12)と。故に『爾雅』に曰く、艾は長し、「艾は歴なり」(13)と。叜は乂灾を以て名と 為す。艾は乂疾を以て義と為す。皆歴する所長 く、閲する所衆きを以ての故なり。医は艾灸を用ふ。一灼、之を一荘と謂ふ者は、人を壮にするを以て法と為す。其れ若干の壮と言ふは、人を壮にすること当に 此の数に依るべきを謂ふ。老幼羸弱は力を量りて之を減ず。

[校記]

(ⅰ) 五雅本、冰の字を氷に作る。(ⅱ) 五雅本、知の字を至に作る。今本『春秋左氏伝』は知に作る。

[注釈]

(1)    『爾雅』釈草。
(2)    『詩経』国風・王風・采葛の第二スタンザ。
(3)    『礼記』曲礼。
(4)    『礼記』曲礼。
(5)    『礼記』曲礼。
(6)    『礼記』内則。
(7)    『礼記』曲礼。
(8)    『礼記』曲礼。
(9)    『周礼』地官司徒に「郷老」の字句が見える。
(10) 『春秋左氏伝』昭公元年。
(11) 『博物志』巻二。
(12) 宋・王安石の著。すでに散逸して伝わらない。
(13) 『爾雅』釈詁下。

[考察]

 ヨモギ属(Artemisia)は世界に二五〇種から四〇〇種あるといわれ、日本にも三〇種ほどある。北半球の暖帯から寒帯に多く生息し、南アメ リカやアフリカ南部にまで分布する。ヨモギ属は花が大きくて花粉にとげが発達した虫媒花のキク属が、虫の少ない乾燥地帯に進出して風媒花になったグループ と考えられており、乾いた草地や岩場に多く、湿地や森の中では見かけない(『朝日百科 植物の世界』)。

 和名であるヨモギが多くのヨモギ属の植物を指すように、艾もまたいくつかのヨモギ属の植物を指していると考えられ、一種に特定することはできな い。

 艾は病を癒す植物である。艾葉を生薬名として薬とするが、日本薬局方外生薬規格ではヨモギ(Artemisia princeps)とオオヨモギ(A. montana)を、『中華人民共和国薬典』ではA. argyi(中国名、艾)を艾葉の起源植物と規定している。中国ではA. argyi以外に合計二十三種のヨモギ属植物の葉が艾葉の市場品に用い られたり混入したりしている(『新編中薬志』)。このことからもわかるようにこれらの植物は形状・成分とも似ているため、『詩経』の時代に区別していたか どうか疑わしい。ただヨモギ属の植物でもカワラヨモギ(茵陳蒿A. capillaris)は神農本草経の上品に記載され、名医別録に記載された艾葉とは区別されている。茵陳蒿と艾葉の形状・薬効の違いを古 くから区別していたわけである。

 灸に使うもぐさはヨモギの葉の裏にあるT字状の綿毛を乾燥させた物である。『孟子』離婁篇に「七年之病、求三年之艾」とあるように、長く乾燥させ た物はよく燃えるため良品とされる。

 艾は刈と同音であり、「かる」の意味を持つ。また「反乱や賊を平らげて世の中を安らかにする」という意味も持つ(藤堂明保編『漢和大字典』)。中 国では五月五日にヨモギの人形を門に掛け邪気が入るのを防ぎ(『荊楚歳時記』)、インドやチベットでも魔よけの香に用いる。(野口)


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