【鵻】


今の
{+}鳩なり。壱宿の鳥なり。壱宿とは宿る所の木を壱にす。一名荊鳩、一名楚鳩、一名{+}鳩、一名乳鳩、一名{+}鳩、一名{+}鳩、一名{+}鳩。『方言』に曰く、「鳩は関より西、秦漢の間、之を{+}鳩と謂ふ。其の大なる者は之を{+}鳩と謂ひ、其の小なる者は之を{+}鳩と謂ふ。或は之を{+}鳩と謂ひ、或は之を{+}鳩と謂ふ。梁宋の間、之を鵻と謂ふ」()と。鵻性は慈孝慇懃。故に『聴声考詳篇』に曰く、「雀の声は惨毒なり、鳩の声は慈念なり」と。而して『詩』以て使臣賢者の況と為す。『詩』に曰く、「翩翩たるは鵻、烝然として来る思」()と。言ふこころは、太平の君子至誠にして、賢者と之を共にするを楽しみ、烝然として後、嘉魚、壱鳥を得るなり。『爾雅』に曰く、「隹其は{+}{+}なり」()と。夫は宿を壱とせず。宿を壱にするは婦の正なり。夫或は然らず。故に孔子は多く鳥獣草木の名を識らんと欲す。「四牡」に曰く、「翩翩たるは鵻、載ち飛び載ち下り、苞栩に集ふ。翩翩たるは鵻、載ち飛び載ち止まり、苞杞に集ふ」()と。蓋し孝は私恩を至す所以、謹は公義を至す所以なり。故に四牡は使臣を労ふの詩にして、其の況を託すること此の如し。伝に曰く、「帰を懐ふ者は私恩なり。盬靡き者は公義なり」()と。一に祝鳩と曰ふ。或は曰ふ、鵻と尸鳩は皆壱鳥なり。故に尸祝の号有り。『荘子』曰く、「庖人庖を治めずと雖も、尸祝樽爼を越えて之に代はらず」()と。尸鳩の性壱にして慈、祝鳩の性壱にして孝、故に一に尸と名づけ、一に祝と名づく。『礼』に云ふ、「嘏は慈を以て告げ、祝は孝を以て告ぐ」()と。今鵻の類尾を賦して皆促す、故に其の字隹に従ふ。『説文』に曰く「隹は鳥の短尾の総名なり」()と。『禽経』に曰く、「拙なる者鳩に如くは莫く、巧なる者鶻に如くは莫し」()と。今鳩巣を累ぬるに数枝に止まり、纔かに身を載するのみ。鷦は巧にして危ふし、鵻は拙にして安し。


 [注釈]

()『方言』巻八に「関より西、秦漢の間、之を{+}鳩と謂ふ。其の大なる者は之を{+}鳩と謂ひ、其の小なる者は之を{++}鳩と謂ふ。或は{+}鳩と謂ひ、或は之を{+}鳩と謂ふ。或は之を鶻鳩と謂ふ。梁宋の間、之を鵻{+}と謂ふ」とある。

()『詩経』小雅・南有嘉魚の第四スタンザ。

()『爾雅』釈鳥。

()『詩経』小雅・四牡の第三・第四スタンザ。

()『詩経』小雅・四牡の毛伝。

()『荘子』逍遥遊。

()『礼記』礼運に「祝は孝を以て告げ、嘏は慈を以て告ぐ」とある。

()『説文解字』四篇上・隹。

()今本の『禽経』になし。


 [考察]

鵻が何の鳥であるかを同定するのは困難である。鳩の類であることは間違いない。しかし鵻に該当する可能性のある鳥として、二つの例を挙げることができる。山斑鳩と珠頸斑鳩である。この二種の鳩のいずれかであると考えるのは、第一に本文中に「其の大なる者は之を{分+鳥}鳩と謂ふ」という文があり、鵻は今の{分+鳥}鳩である、と同じく本文の冒頭にあることから、鳩のなかても大きめのものであることが推測されるからである。ただし『方言』に言う{分+鳥}鳩と陸佃の言うものが同一であるかどうかは断定できない。第二に同じく本文中に、「隹は鳥の短尾の総名なり」とあるので、鳩の中でも比較的尾の短いものに的を絞ることができる。つまり、体長が大きく、尾の短い物が、ここで述べられている鵻に該当する可能性が高いわけである。そのうえ、この二種の鳩は分布地域が非常に広い。

山斑鳩の学名はStreptopelia orientalisである。和名はキジバト。体長は約35㎝。額、頭頂部、後頭部、及び上背は灰色、上背周辺の羽の端は紅色、上体は暗灰色、中央の尾羽は暗褐色で先端が灰色。外側の尾羽は更に黒さが増す。両肩と翼の内側を寝う羽は里褐色で、鮮やかな紅色の羽の縁がある。外側を覆う羽は暗灰色、その羽の端は淡い灰色、飛翼は黒褐色。下体は赤紫色で、胸部の紫は特に濃い。眼は黄色、嘴は赤銅色、足は赤色。全国にあまねく分布し、青海、西藏でも見られる。平野部や山間部の樹林に生息し、冬場はひらけた農村地帯に群をなして集まる。その群は常に珠頸斑鳩と共に形成される。食料は主に種子や穀物である。親鳥は卵が孵化する時期には、巣の中で静かに伏し、微動だにしない。人間が巣に近づき立ち止まっていたとしても、容易に巣を離れないようである。本文中の「壱宿」という言葉の持つ意味は、孵化の時期におけるこの鳩の習性と類似している点に注目したい。

 珠頸斑鳩の学名はStreptopelia chinensisである。和名はカノコバト。体長は約34㎝。額及び頭頂部は淡い灰色、頸の前方及び頸の両側面は赤紫色、後の頸及びその両側は黒色で白い斑点が混ざっている。背、肩、内側を覆う翼は茶色、羽の縁は灰色、上体は茶色、尾は褐色。外側の尾羽は黒で先端に広く白い部分がある。外側の翼は灰色、一部暗褐色。眼の先と耳は灰色。下体は赤紫色、尾の下を覆う羽は青みがかった灰色。嘴は黒褐色、足は赤紫色。中国の東部に遍く分布する。西は四川、西藏などの地域まで及ぶ。田野や民家の付近に生息し、雑草の種子や穀類を食糧とする。この鳩には変わった習性があり、時に垂直に空へと飛翔し、その後目標物めがけて急降下する。その様はさながら『詩経』に見られる鵻の「翩翩」という飛び方の形容のようである。

このように鵻について述べられた文では、山斑鳩と珠頸斑鳩の両方の性質が見られる。あるいは先程述べたようにこの二種類の鳩は冬季の間、同じ群の中で生活を営むので、混同されていた可能性も考えられる。(青柳)

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