【孔雀】


『博物志』に云ふ、「孔雀の尾は多く色を変ふ。或いは紅、或いは黄、喩ふるに雲霞の如く、其の色定まること無し」と(1)。人其の尾を拍てば、則ち舞ふ。尾に金翠有り。五年にして後成る。始めて生まれて三年、金翠は尚小なり。初春に乃ち生じ、三、四月の後復た凋む。花蕚(ⅰ)と倶に衰栄す。雌は冠せず、尾短く、金翠無し。人其の尾を採りて以て扇払を飾る。生きながら取れば則ち金翠の色減ぜず。南人其の尾を取る者、刀を握り、叢竹潜隠の処に蔽れ、過ぎるを伺ひて、急ぎ其の尾を斬る。若し即断せず、首を回らして一顧すれば、金翠復た光彩無し。性頗る妬忌す。自ら其の尾を矜る。馴養すること已に久しと雖も、婦人(ⅱ)、童子の錦綵を服する者に遇はば、必ず逐ひて之を啄む。毎に山棲せんと欲し、先づ尾を置くの地を択ぶ。故に生きながら捕らへんと欲する者は、雨の甚だしきを候ち、往きて之を擒ふ。尾霑ひて重く、高く翔くること能はず。人至ると雖も、且つ其の尾を愛し、復た鶱(ⅲ)揚せざるなり。『嶺表異録』に云ふ、「孔雀の翠尾(ⅳ)は自ら其の身を累はす。夫の雄雞(ⅴ)は自ら其の尾を断つに比すれば、称する所無し」と(2)。『説苑』に曰く、「君子は人を愛し、辯士は日を愛し、孔雀は羽を愛し、虎豹は爪を愛す」(3)とは、此れの謂ひなり。今画史に、妙善なる花鳥と雖も、猶ほ此の物を為すを憚る。蓋し其の金翠生動にして、染色似る能はざる者有ればなり。『太玄』礼の首に曰く、「孔鴈の儀、利するに階に登るに用ふ」と(4)。言ふこころは孔に文有り、鴈に序有り、而して其の象皆礼に中る。故に利するに階に登るに用ふるなり。『塩鉄論』に曰く、「南越は孔雀を以て門戸に珥し、崑(ⅵ)山の旁、璞玉を以て鳥鵲に抵つ」と(5)。此れ貴は少より生じ、賤は有る所より生ずるを言ふ。『老子』に曰く、「我を知る者は希なり。則ち我は貴なり」と(6)。豈に虚言ならんや。『南越志』に曰く、「孔雀は必ずしも匹合せず。止(ⅶ)音影を以て相接すれば、便ち孕む。亦た蛇と偶す」と(7)。『禽経』に曰く、「鵲は蛇を見れば則ち噪ぎて賁す。孔は蛇を見れば宛して躍る」と(8)

[校記]

(ⅰ)五雅本、萼に作る。(ⅱ)五雅本、子に作る。(ⅲ)五雅本、叢書本、騫に作る。(ⅳ)五雅本、毛に作る。(ⅴ)五雅本、鶏に作る。(ⅵ)叢書本、{山+毘}に作る。(ⅶ)五雅本、叢書本、正に作る。

[注釈]

(1)今本の『博物志』には見えない。

(2)『嶺表異録』 三巻。唐・劉恂撰。『嶺表録異』とも呼ばれる。

(3)『説苑』 二十巻。漢・劉向撰。雑言篇に「夫れ君子は口を愛し、孔雀は羽を愛し、虎豹は爪を愛す」とある。

(4)『太玄』 『太玄経』十巻。漢・揚雄撰。玄測・礼に見られる。

(5)『塩鉄論』崇礼第三十七に「南越は孔雀を以て門戸に珥し、崑山の旁、玉璞を以て烏鵲に抵つ」とある。

(6)『老子』七十。「我を知る者希にして、我に則る者貴し」として、貴を匱と考え、乏しいの意にとる解釈もある(福永光司氏の説)が、陸佃は「我を知る者は希なり。則ち我は貴なり」として、貴を貴いと解釈している。

(7)『南越志』 沈懐遠撰と言う。

(8)今本の『禽経』に見えない。
 

[考察]

 我々がただクジャクと呼び、動物園や写真で見ることのできるもののほとんどがインドクジャク(学名Pavo cristatus)である。クジャクにはこのほかマクジャク(学名Pavo muticus)という種がいる。『埤雅』でいう孔雀はこのマクジャクであろう。というのは、野生のインドクジャクの生育分布はインド全域、スリランカといった地域であるが、マクジャクは雲南地方からタイ・ジャワといった東南アジアに分布し、本文中にでてくる「南越」(福建・広東・広西壮族自治区・ベトナム北部)にも近いからである。インドクジャクとマクジャクの外見はよく似ているが、頭部にある冠毛は、インドクジャクが扇状をなしているのに対し、マクジャクのそれはふさ状で大きさも小さい。羽色にもインドクジャクのくびや胸は光沢のある青色であるが、マクジャクは緑色の羽毛に覆われているなどの違いがある。このためマクジャクは中国名を緑孔雀と言う。マクジャクの雌も緑がかった色をしているが「雌は冠せず、尾短く、金翠無し」とあるとおり地味な姿である。一般に尾と呼ばれている雄の色鮮やかな羽毛は、尾を覆うように羽毛が長くのびたもので、上尾筒と言われ、本物はずっと短い。

 飼育下で、成鳥のクジャクの尾(上尾筒のこと)は8~10月の間に生え変わり、遅いもので1112月に生えそろうのが観察されている。クジャクの繁殖期は6~8月で、この時期、尾は最も美しくなる(『中国経済動物志』)。「初春に乃ち生じ、三、四月の後復た凋む。花蕚と倶に衰栄す」とは、このことを言っているのか。陰暦を西暦に直すと、2月ぐらいに生じて、5、6月に尾が抜けることになり、少し時期が合わない。また、クジャクの尾は換羽のたびに大きくなり、若鳥であれば、それだけ眼状紋も少ない。「尾に金翠有り。五年にして後成る。……」というのも、根拠のない言ではない。

 「性頗る妬忌す。(…)婦人、童子の錦綵を服する者に遇はば、必ず逐ひて之を啄む」とあるが繁殖期のクジャクの雄は好戦的で、なわばりに侵入してきた者を脅し、ほかの雄と激しく争う。クジャクは錦綵を着ている者をほかの雄と見ているのだろう。

 『塩鉄論』から『老子』の言までは、希少価値についての言である。孔雀の羽や璞玉のように持て囃されるものも、その産地では溢れるようにあるため価値が低く、価値は多寡によって決まるとしている。(吉野)

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