【雉

  雉は、耿介に死す(1)。壟を妒み、彊を護り善く闘ふ。飛ぶと雖も分域を越えず。一界の内、一雄を以て長と為さんことを要す。餘は衆きと雖も、敢へて鳴 雊すること莫し。潘岳の所謂「墳衍を畫りて以て畿を分かつ」(2)者なり。『周官』に曰く、「士は雉を執る」「士は制に死す」と(3)。故に雉を執るとは 所謂二生一死の摯なる者なり。又、其の交はる時有り。別に倫有り、其の羽文明なれば、用つて儀と為すべし。故に古へ、后、三翟を服す。『詩』に曰く、「瀰 として濟の盈つる有り、鷕として雉の鳴く有り。濟盈ちて軌を濡らさず、雉鳴きて其の牡を求む」と(4)。言ふこころは雉宜しく交はるに時有り、別るるに倫 有るべし。今反って雌を以て雄を求む。特に雌を以て雄を求むるのみならず、而も又牡を求む。雌を以て雄を求むる者は淫なり。特に雌を以て雄を求むるのみな らず、而も又牡を求むる者は亂なり。故に序に曰く、「公と夫人と並びに淫亂を為す」と(5)。又曰く、「雄雉ここに飛び、泄泄たる其の羽」と(6)。言ふ こころは雉交はるに時有り、別るるに倫有り、而して又性善く闘ひ、飛ぶと雖も分域を越えず。宣公淫乱にして、國事を恤へず、軍旅數ば起こる(7)は、則ち 雉にも之れ如かざるなり。『易』に曰く、「離を雉と為す」と(8)。離は火なり。其の體文明たり。性は復猋、悍なり。故に雉と為す。亦た雉は辰の屬に非ず と雖も、正に是れ南方の物なり。陶氏の所謂「丙午の日、食す可からず、火よりも王なるを明らかにするなり」(9)。又云ふ、麞鹿は辰の屬に非ずと。八卦主 無し。故に道家聴許して脯と為す。『禮』に云ふ、「雉は疏趾(ⅰ)と曰ふ」と(10)。鴨鴈の醜、指間に幕有り。其の足は蹼なり。鷄雉の醜、指間に幕無 し。其の足は䟽なり。故に䟽趾と曰ふ。簡兮の詩に曰く、「左手に籥を執り、右手に羿を秉る」と(11)。此れ大舞なり。宛丘の詩に曰く、「冬と無く夏と無 く、其の鷺羽を値つ」と(12)。此れ小舞なり。雉は文明に取る。鷺は則ち其の潔白の容有るに取る。所謂大舞なる者は籥舞是なり。所謂小舞なる者は羽舞是 なり。故に楽師に云ふ、「國子に小舞を教ふを掌る」と(13)。一に羽舞と曰ふ。雉飛んで矢の若し。一たび往きて堕つ。雉は鷄の類なり。遠く飛ぶこと能は ず。崇さ丈を過ぎず、脩さ三丈を過ぎず、故に雉高きこと一丈、長きこと三丈なり。古へ數は數ふるに萬を以てし、度を度るに雉を以てす。『爾雅』に、の鷄 雉、「皆絶えて力有りて奮ふと曰ふ(14)。鷄雉は皆遠く飛ぶこと能はず、故に名づくと云ふ。『化書』に曰く、「雉は再び合せざるは信なり」と(15)。 『説文』に云ふ、「雷始めて動き、雉鳴きて其の頸を雊す」と(16)。蔡邕(17)の『月令』に以為らく、「雷地中にあり。雉の性は精剛なり。故に獨り之 れを知り、應じて鳴くなり」と。『禽經』曰く、「鵻は上に尋無し、鷚は上に常無し、雉は上に文有り、鷃は上に赤有り」と(18)。

   [校記]
(ⅰ)叢書本、五雅本ともに「䟽趾」に作る。しかし四庫全書でも後述のものでは「趾」に作る。「」は 「疏」の誤りであると思われる。

   [注釈]
(1)『周礼』春官・大宗伯の鄭玄注に「雉は其の耿を守りて死するに取る」とある。
(2)潘岳の「射雉賦」に「丘陵を巡りて経略し、墳衍を畫り、畿を分かつ」とある。
(3)『周礼』春官・大宋伯に「士は雉を執る」とある。「士は制にに死す」は『礼記』曲礼下に見える。
(4)『詩経』邶風・匏有苦葉の第一スタンザ。
(5)『詩経』邶風・匏有苦葉の序。
(6)『詩経』邶風・雄雉の第一スタンザ。
(7)『詩経』邶風・雄雉の序に「雄雉は、衛の宣公を刺る。淫乱にして国事を恤へず、軍旅數ば起こる」とある。
(8)『易経』説卦伝。赤塚忠氏は「「離」は文明なので羽に美しい文のある雉であるという。また四霊(青竜・朱雀・白虎・玄武)の伝承によっても、南の 「離」は朱雀、つまり雉がその具象とされる」と述べている。(『書経・易経(抄)』平凡社)。
(9)陶弘景の『本草経集注』(小島尚・森立之の重輯本)に「丙午に食すべからず、火に主たるをを明らかにす」とある。
(10)『礼記』曲礼下。
(11)『詩経』邶風・簡兮の第三スタンザ。
(12)『詩経』陳風・宛丘の第二スタンザ。
(13)『周礼』巻二三・楽師に「楽師は国学の政を以て国子に小舞を教ふるを掌る」とある。
(14)『爾雅』釈鳥に「雉は絶えて力ありて奮ふ」とある。
(15)『化書』巻四に「羊、乳に跪くは、智なり。雉再び接せざるは、信なり」とある。『化書は』五代の南唐、譚峭の撰。
(16)『説文解字』巻四上に「雊は雄雉の鳴くなり。雷始めて動けば、雉乃ち鳴きて其の頸を句す。隹、句に従ふ。句亦聲なり」とある。
(17)蔡邕は、後漢の文学者、書家。博学多才で、経史に通じ、音律に詳しく、文章をよくした。『月令章句』の著があるが散逸。
(18)今本の『禽経』には見えない。

   [考察]
 雉は一夫多妻であり、雄はディスプレーを行うなわばりに雌の群を集め、ライバルの雄から防衛する習性がある。「壟を妒み、彊を護りて善く闘ふ。飛びて分 域を越えずと雖も、一界の内に一雄を以て長と為すを要す」という表現はまさにこの習性のことを指している。また、「士は雉を執る」は、雉のなわばり制が士 の君命を遂行する姿と重ね合わせて美徳とされていたことを示しているようだ。士への贈り物が雉であったのはそのためである。雄はたくさんの雌とつがい関係 を結び、雌が産卵を終えるまでは、「ハーレム」を形成し、雌たちを守る。しかし、雄が雌とともに群を成すのは、一年のうちでも秋のみで、冬は雌雄分離して 生活することが多い。「雉交はるに時有り」は、おそらくそのことを示しているのだろう。なお、一夫多妻という婚姻形態は、哺乳類にはありがちであるが、他 の鳥類にはほとんど見られない。ここでは、その特異性が、王の政治を顧みず女色に耽っている状態と比較されている。

 雉の別名には、翟雉、野翟、山鷄、山雉、華蟲、翟、夏翟、丹鳥、疏趾、良游、戸魯還などがある。翟は、美しい羽を形容(掲揚)したものである。雉は身の 危険を察知するとすぐに、爆発的なはばたきで茂みから飛び出す。「雉」という漢字は、この様を矢にたとえたものと考えられる。

 雉(学名 Phasianus colchicus、和名コウライキジ)は体長58~76センチ。雄は色鮮やかである。頭部が黄、喉が黒、背部が金、栗色と赤、緑であり、腰部が灰色が かった青、栗色である。特にその羽は美しく、黄、紫、栗色、深紫、銀灰色、赤銅色とまさに色とりどりである。よってその羽は装飾品として用いられた。雉は 開けた森林の草地に生息している。種子、穀草、果実、昆虫等の小動物を広く採食する。きしるような大声で鳴くにもかかわらず、臆病でめったに人前に姿を見 せない。『説文解字』の「雷始動し、雉鳴きて其の頸を雊す」という記述は、その臆病な性質を述べたものだろう。日本では、古来より雉は、地震の際には必ず 大きな声で鳴きわめく鳥として知られていたという。(青柳)

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