【鸛】

鸛は形状、略鶴の如し。其の性、甘帯。巨石に遇う毎に、其の下蛇有るを知り、即ち石前に於いて術士の禹歩の如くすれば、其の石阞然と転ず。南方の里人にて、其の法を学ぶ者は、其の雛を養ふを伺ふ。木に縁りて篾絙を以て其の巣を縛す。鸛必ず(@)法を作し之を解き、乃ち木下に於いて沙を鋪き其の足迹(A)を印して之を倣学す。天将に雨ふらんとすれば、則ち長鳴して喜ぶ()。蓋し雨を知る者なり。又善く羣(B)飛し、霄に薄り雨を激す。雨、之が為に散ず()。窠(C)を作るに大きさは車輪(D)の如し。卵は三升の杯の如し()。礜石を択び以て卵を嫗す。鸛は水鳥なり。卵を伏する時、数ば水に入る。卵は則ち{卵+叚}(E)せず。礜石を取りて周圍し卵に繞らし以て煖(F)気を助く。故に方術家は鸛が煖(G)むる巣中の礜石を以て真物と為すなり()。又其の巣に一傍に泥して池を為り、石を以て水に宿す。今人、之を鸛石と謂ふ。飛べば則ち之を将ひ、魚を取りて池中に置き、稍稍として其の雛を飼ふ()。俗説に鵲梁は形を蔽ひ、鸛石は酒に帰す。又曰く、礜石は温、鸛石は涼。故に能く卵をして{卵+叚}せざらしめ、水をして臭腐せざらしむるなり。『詩』に曰く、「鸛は垤に鳴き、婦は室に嘆く」と()。垤は蟻塚なり。鸛は天将に雨ふらんとするを知り、上に見るる有り。蟻は地に将に雨ふらんとするを知り、下に見るる有り。鸛は垤に(H)鳴くは将に雨ふらんとするの候なり。将に雨ふらんとすれば則ち征夫の至ること必ずしも期の如くならず。故に婦は室に嘆くなり。且つ百里を行く者は九十を半ばとすは、末路の難を言ふ。則ち是の時に於いて雨に遇えば尤も苦と為す。故に詩人は此を道ひて以て其の情を序す。而して序に曰く、「三章は室家の望女を言ふ」と()。『禽経』に曰く、「鸛俯きて鳴けば則ち陰り、仰ぎて鳴けば則ち晴る」と()。仰ぎて鳴けば則ち晴るは、是上に(I)見るる有るなり。俯きて鳴けば則ち陰るは、是れ下に(I@)見るる有るなり。夫れ文は{鸛−鳥}見を觀と為す。蓋し諸を此に取る。『拾遺記』に曰く、「鸛は能く水を巣上に聚む。故に人多く鸛鳥を聚れば、以て火災を禳(IA)却す」と()

 

[校紀]

(@)五雅本・叢書本、則に作る。(A)叢書本、跡に作る。(B)五雅本、群に作る。(C)叢書本、巣に作る。(D)五雅本・叢書本、車輪、輪に作る。(E)何れも{卵+叚}に作るが、(卵が孵らないの意)の誤りと考えられる。(F)叢書本、暖に作る。(G)叢書本、暖に作る。(H)五雅本、於に作る。(I)五雅本、於に作る。(I@)五雅本、於に作る。(IA)五雅本・叢書本、攘に作る。

 

[注釈]

()『詩経』豳風・東山の毛伝に「鸛は水を好む、長鳴して喜ぶ」とある。

()『酉陽雑俎』巻十六・広動植・羽篇に、「能く群飛し、霄に薄り雨を激す。雨之が為に散ず」とある。

()『詩経』豳風・東山の陸璣詩疏に「巣は大きさ車輪の如し。卵は三升のの如し」とある。「卵は三升の桮の如し」については、『古今図書集成』禽蟲典・鸛部に引く『{鸛−鳥}経』に「{鸛−鳥}卵は三升の杯の如し。鶴卵は得易く、{鸛−鳥}卵は求め難し、以爲へらく杯値千金なり」とある。

()「鸛は水鳥なり」から「真物と為すなり」まで、禽経の注に見える。

()『詩経』豳風・東山の陸璣詩疏に「又其の巣に泥し一傍にて池を為り、水を含みて之を満たし、魚を取りて池中に置き、稍稍として其の雛に食さしむ」とある。

()『詩経』豳風・東山の第三スタンザ、これに続く「垤は蟻塚なり」は毛伝に見える。

()『詩経』豳風・東山の詩序。

()今本の『禽經』には見えない。

()『拾遺記』 晋の王嘉の撰とされるが散逸。今本の巻八に「多く鸛鳥の類を聚むれば、以て火災を禳ふ。鸛能く水を巣上に聚むるなり」とある。

 

[考察]

 鸛の学名はCiconia ciconia boyciana。中国名は白鸛baiguan、老鸛laoguan、和名はコウノトリである。羿、鵾鶏、冠雀、負釜、負金、黒尻、背竃、p君、旱羣、p裙などの異名がある (古今図書集成 禽蟲典第二十七巻鸛部)

 鸛は全長約120p、全身ほぼ白色、翼の先は黒および銀灰色。嘴は黒色で長くまっすぐである。目の周囲と脚部は赤い。性質はおとなしいが警戒心が強い。頭を反らせクラッタリングと呼ばれる嘴をかたかたと打ち鳴らす行動をする。小さな群れもしくは単独で水辺または草原に住み、魚類や蛙、昆虫類などを食す。ゆっくりとした歩き方をし、片足で立ち休息する。飛行の際には時々羽ばたきを交え上昇気流に乗り、長距離を飛ぶことができる。繁殖期には樹上に巣を作り35個の卵を生む。昔は屋根に巣を掛けていたりもして、人里近くで見ることができた。

 鸛が禹歩するというのは、鸛が蛇を食べるということ(禹歩には蛇避けの意味がある。抱朴子内篇・登渉篇)と、首を伸ばしゆっくりと大股で歩くというその歩き方とに起因していると考えられる。

 「其の巣に一傍に泥して池を為し、石を以て水に宿す」や「魚を取りて池中に置き、稍稍と其の雛を飼う」といった記述は、餌を巣の上に吐き戻して雛に与えたり、卵や雛の上に水を吐き戻すというコウノトリ類に見られる習性によるものと考えられる。

 鸛と雨との関係についてもその習性が関わっていると考えられる。コウノトリ類の営巣周期には食物供給量に関係があり、そのためは雨期に繁殖を行うものが多い。エチオピアのある種は、彼らの食物である昆虫が大量に発生する雨期に営巣するので、雨乞い鳥と呼ばれている。そして、コウノトリは雌へのディスプレーとして、首の上げ下げや、鳴き声、クラッタリングなどの行動を取ることが知られており、雨期に行われるこういった特徴のある繁殖行動を見た人々が、鸛は雨を知っていると考えたのではなかろうか。

 また、陸田は、観という文字を鸛が天候を察知するのに、上や下を見ることからできたものと考えているようである。

 「鸛鳥を聚めれば火災を攘却す」という記述について、鸛が家に巣を掛ければ、火災避けになるというのは、西洋でもいわれており、また日本でもコウノトリが屋根に巣を作れば火事にならないと信じられていたようである。これも巣の上に水を吐き戻すといった習性によるものと考えられる。(吉野)

 

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